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靖国神社5









 映画「靖国」の問題って大きく分けて3つの論点に分類できると思います。


まず一つは文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」の助成金支出が妥当か否かという問題


次に映画「靖国」の上映中止問題


そして最後に映画「靖国」自体の内容に関する問題


 このように大別して3つに分解していかないと議論を見失う可能性があると思うのです。それぞれの問題は相関連していますが、論点を混同してしまうと「上映中止は国会議員の責任」というオカシナ批判が生み出されたりしてしまうわけです。


 現段階の日本におけるこの映画は助成の審査に関わる委員会での試写、全国会議員向けに試写という様に限られた人々への試写しか行われておらず、市民が内容を把握することは困難です。そのため不十分な結論になってしまうかもしれませんが、3つ目の論点に関しては残り2つの論点に適宜織り込みつつ、以下話を進めたいと思います。






■文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」の助成金支出が妥当か否か





論点1:事実関係



 平成18年、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」は政府からの出資金を主な財源とする芸術文化振興基金から750万円を映画「靖国」に対して助成しました。助成金交付については助成対象に但書が付されており




芸術文化振興基金助成金交付の基本方針

1.基金による助成は、芸術家及び芸術に関する団体が行う芸術の創造又は普及を図るための活動、その他文化に関する団体が行う文化の振興及び普及を図るための活動を対象とする。ただし、政治的、宗教的宣伝意図を有するものは除く






平成18年度芸術文化振興基金助成金募集案内(その2)

日本映画(注1)の企画から完成までの製作活動(2ページの表に示す期間内に完成試写を行うもの)で、国内において、一般に広く公開(注3)されるものとします。
 ただし、商業的、宗教的又は政治的な宣伝意図を有しないものとします





とされています。映画「靖国」が政治的宣伝意図を有したものであるか否か、助成が適正なる審査に基づいて決定されていたかについて国会において行政チェックがなされました




論点2:映画「靖国」が「政治的宣伝意図を有する」か否か


 上記指摘の通り、「政治的宣伝意図」を有する映画は助成金の交付対象からはずされます。言うまでもなく「靖国問題」を内容の中心とする映画「靖国」は政治的であると判断することが可能です。


 しかしながら、文化庁の説明のように「政治的」テーマを扱っていることと「政治的宣伝意図」を有することは区別して考えなければなりません。なぜならば、政治的テーマをドキュメンタリーの中心に据えるということは通常一般に行われていることであり、政治性を少しでも有する映画を助成の対象から排除してしまうと、ドキュメンタリーに対する助成金の交付そのものが危ぶまれることになります。


 ここで問題が出てきます。「政治的な問題をテーマの中心に置くドキュメンタリー映画」と「政治的宣伝意図を有する映画」の区別は非常に曖昧であり、何を助成対象から排除すべきか分からないことになります。


 ドキュメンタリー映画は「記録映画」といわれます。事実映像に基づいて作製されるのでフィクションとは分けて分類されますし、製作者の意図を介在させない、という考え方もあります。しかしながら、映像を撮影し、編集するという行為は必然的に製作者の意図を介在させ、作品にメッセージ性を付与させることになります


 ドキュメンタリー映画が本来普遍的に何らかの「メッセージ」を有するものと考えるならば、政治問題をテーマに扱えば、そのドキュメンタリーに政治的メッセージが付与されることに必然的につながってくるわけです。「政治的宣伝意図を有する」ドキュメンタリーと「政治をテーマにしたドキュメンタリー」を区別するのは本来的にかなり困難であると言わねばなりません。


 上記のように考えれば、両者を判断する基準と要件を設けて公開することで、判断を容易にし、応募者や国民が迷わないようにしなければならないのが通常の措置であると考えられます。しかしながら、現段階では「政治性」については専門委員会に判断が委ねられており、基準の設定・公開には至っていないのが現状です。


 この論点に関する最大の原因は何が「政治的宣伝意図を有する」に該当するのか、明確な判断基準が存在しないことです。


 そこで、今回、一般的に認められそうな要件を独自に設定することによって映画「靖国」が単純に政治的テーマを扱った映画なのか「政治的宣伝意図」を有する映画なのかを判断することにしたいと思います(以下の基準・要件は勝手に作ったものですので当然批判がありえます)。


 「政治的テーマを扱った作品」と「政治的宣伝意図を有する作品」を区別するためには出来るだけ客観的で明確な基準が必要とされるでしょう。そうでなければ恣意的な運用がなされる可能性がありますし、基準を公開したところで製作側は助成に応募していいものか分からなくなってしまいます。


 両者の区別は内容における「政治性」(論争性)、中立性、事実性、製作に関する問題の有無が客観要件となりえると思います。また、これに加えて主観面で製作の意図を問うことも出来るでしょう。




●政治性(論争性)


 製作された映画のテーマが本来的に政治的問題を含んだものであるのか、という点でこれを判断することがまず初めに必要になってくるでしょう。著名な映画監督の生涯をドキュメントしたとしても政治性は見られませんし、日本刀の製作技術や伝統についてドキュメントしたとしても、政治性の点でそもそも問題は出てこないでしょう。しかし、「靖国神社」をテーマにし、「戦争責任」や「アジアとの真の友好」や「政教問題への透視」を目的に置くとすれば、それは政治性を含んでいるといえます。



 映画「靖国」はこの点でどうなのでしょうか。映画「靖国」のホームページではこの映画について、こう述べています。



映画「靖国」 公式ホームページ
http://www.yasukuni-movie.com/index.html

映画『靖国 YASUKUNI 』は、日本芸術文化振興基金と韓国釜山国際映画祭アジアドキュメンタリーネットワーク基金の助成作品に選ばれ、 日本、中国、韓国の3カ国の協力により、真のアジア友好を目指す合作映画として製作された




映画『靖国 YASUKUNI 』は、今こそ「靖国神社」に冷静に向き合わなければならないことを、強く訴えかける。 アジアの平和と真の友好のためには何が必要なのか、この映画からは、アジアの未来が見えてくる




 この映画が「真のアジア友好を目指す」という政治的目的を有していることは明らかです。また、
 

 「助成金交付要望書を提出した最初の段階、十八年七月十九日です、その最初の段階から、その資料に、映画の概略には、小泉参拝をめぐり、靖国の政教関係を透視すると明確に書かれています」(参議院内閣委員会 有村治子議員の質疑)


 と、されており、靖国に対する政教問題を扱う旨も明確にされています。これらから映画が「政治的」であり、「政治性」を有する映画であるとは言えそうです。


 


●中立性・公平性


 政治的なテーマを扱っていたとしても、そのテーマの見方や内容が一方の政治的見解に偏っていたとすれば、それは単なる「政治的テーマを中心に据えている」ということは出来なくなってきます。また、映画という製作媒体の特性上、中立が守られない場合、「意図」的に中立でない状態を作ったことが類推出来ます。


 一方の見解に偏り、他方を意識的に内容から排除したり、それを一方的に否定している場合、「政治的宣伝意図」を有するという客観要件の一つになりえると私は思います。


 また、テーマが係争中の裁判や政治闘争に発展していて映画が一方に肩入れしている場合、製作背景に明白な政治目的達成を有している場合、特定の政治団体のPRになっている場合など、政治的中立と密接に関係する範囲で個別に程度を判断する余地があります。



では、映画「靖国」は中立・公平に描かれたものなのでしょうか。





1.キャスト


 映画「靖国」はメーンキャストとして3名の人物を挙げています。登場人物としてロールに掲載する以上、この3名を軸として話は進められていると考えて問題なさそうです。


 3名の名前は以下の通りです。


刈谷 直治
菅原 龍憲
高金 素梅




 この3名のキャストについて自民党参議院議員の有村治子氏が参院内閣委員会で以下のように言及しました。


平成20年3月27日 内閣委員会 有村治子議員 質疑

靖国訴訟、つまり宗教法人である靖国神社を訴えている方が原告となってメーンキャストを成している。その方が実社会で実際に裁判で展開されている主張をそのまま映画の中でも宣伝されている




 高金素梅氏はいうまでもなく台湾の立法委員であり、「台湾出身兵士合祀と小泉首相の参拝で精神的苦痛を受けた」として靖国神社、小泉首相(当時)、国、を相手取り損害賠償請求訴訟を起こしている人物です。


 また、菅原龍憲氏は反戦団体「真宗遺族会」の会長であり、靖国神社に対しては、遺族の合祀は国の関与があり、違憲である、として合祀取り消しと損害賠償を求める訴訟を行っている人物でもあります。首相の靖国公式参拝に反対する政治主張を持っているとも聞きます。


菅原氏の起こした裁判、「靖国合祀イヤです訴訟」のHPについて面白い記述もあります。


靖国合祀イヤです訴訟
http://www.geocities.jp/yasukuni_no/

靖国と国は共同して日本軍の戦争に参加させられた兵士らの死を一方的に意味づけてきました。

(略)

この仕組みの中核を切り崩す、最も本質的な反靖国闘争が始まります。この訴訟において、遺族たちは「宗教的に」美化されてきた戦死者の利用を、「宗教的に」否定します。

(略)

すべての人が宗教的に靖国を拒否する日を目指しましょう。これ以外に、靖国が本質的に消滅することはありません。




 菅原氏の起こした裁判は今現在も係争中であり、この点についても注意を喚起したいと思います。係争中の裁判において他方に味方し、他方を否定する内容の有無は当然許される中立性の範囲を超えたものか判断する材料になるからです。
 


 そして、最後にキャストの筆頭に上げられた刈谷直治氏ですが、刈谷氏は靖国刀匠に認められ「靖」の銘をきることが許された刀匠です。映画は刈谷氏に対するインタビューを内容の主軸に置いていると聞きますが、刈谷氏はキャストとして名が挙がることを承知しておらず、上映中止を求めているそうです。制作サイドとの仲介を行ったトム岸田氏によれば「伝統工芸のドキュメンタリー」としての撮影が「政治ドキュメンタリー」に摩り替わっていたと証言しています。


 つまり、3名の主要登場人物のうち2名は靖国神社を被告とする裁判を起こしている人物が充てられ、残りの1名は当該ドキュメンタリーの政治性を全く知らずに撮影を許可し、それが制作サイドの意図によって政治的なものとして編集されてしまった、ということが分かります。


 このことから著しく政治的中立を欠くキャスティングを行っているのみならず、政治色のない記録に無理に政治性を脚色させており、強く「政治的宣伝意図」が疑われると判断することが出来るかと思います(最終判断は上映された映画の内容を見てからですが)。







2、制作サイドの主張



 自民党有村議員は李監督のインタビューについても言及しています。


平成20年3月27日 内閣委員会 有村治子議員 質疑

この映画を制作した李纓監督は、「北京周報」の日本語版でこのようなことをおっしゃっています。私の映画が具体的に示しているのは「菊と刀」で、その二者の間の関係だ、最後に問いただす最もかぎとなるのはやはり天皇の問題だ、天皇の問題が解決されず、永遠にあいまいのままに過ぎ去れば、靖国神社の問題を解決することはできないと北京週報に答えられているんです




 

八人のプロデューサーの名前が出ていますが、八人のプロデューサーのうち七人は中国の方でございます。日本人としてただ一人協力プロデューサーとして名前が挙がっている山上徹二郎氏は、この映画の影響はアジアを飛び越し、世界的に注目を集めることになる、「靖国」が日中韓と欧米で公開されれば、日本は戦争責任問題を本当に反省せざるを得なくなると人民日報の国際版サイトで語っておられます





 制作サイドのメインである監督とプロデューサーが「靖国の問題の解決」や「戦責任問題における日本の反省」を意識しており、一定の政治目的と政治内容を映画が有していることが認められます。




3、制作の目的



 同じく有村議員の質疑から引用してみましょう。


平成20年3月27日 内閣委員会 有村治子議員 質疑

実際に十九年の三月に出された変更理由書によって、いわゆる靖国支持者の主張はこの映画の対象にしないことが明確に申請をされています。この時点で、この映画が完全な反靖国となることが決定的になったものです




 助成金決定に関する権限を持つ専門委員会に提出された変更理由書には「靖国支持者の主張はこの映画の対象にしない」と明確に書かれているようです。反対に靖国反対派の人物をメーンキャストにおいていることから見て、内容が中立性を著しく欠く可能性は高いといえるでしょう。



 これらから、中立性に関しては担保されず、それが現段階において著しく欠くものであることが予測されます(もちろん最終的には上映された映画を見なければ判断は出来ません。専門委員会も最初は書面によるチェックを行い、最終的に試写を通してチェックを行います。現段階は書面チェックと似たようなものです)。







●事実性


 ドキュメンタリーとは本来的に事実を記録した映画を指すものと私は理解しています。政治的意図に基づき事実を捏造・歪曲することはもちろんのこと、故意あるいは重過失に基づき都合が良いからと誤った事実をつぎはぎした映画は「政治的宣伝意図を有する映画」の客観的な要件足りうるのではないかと私は考えています。


 現段階では映画が一般上映されていないために最終的に判断することは出来ませんが、一般公開前の段階でも事実に関して問題になっている箇所が存在しています。


 まず、一つは映画「靖国」では南京事件で撮影されたと「される」写真を使用し、日本の戦争責任、日本刀の残虐性・攻撃性、を演出しているといわれていますこれら写真の中には真偽が疑われているものも含まれており、事実性に疑問が付されています。これら写真の使用は映画が伝える政治的メッセージと密接に関わっているため軽視することは出来ません。



 次に、この映画は李纓監督が「菊と刀」の二者の関係について具体的に示している映画、と述べており、キャストには刀匠刈谷直治氏の名が掲載されていて、有村議員が刈谷氏を「映画の中で最も多くの時間を割かれて登場される」と指摘していることから、この映画の最も重大な内容の一つに「刀」が据えられていれていることが窺われます


そして、この映画の公式サイト、そしてパンフレットにはこう書かれています。


映画「靖国」 公式ホームページ
http://www.yasukuni-movie.com/index.html

そして知られざる事実がある。靖国神社のご神体は日本刀であり、昭和8年から敗戦までの12年間、 靖国神社の境内において8100振りの日本刀が作られていたのだ。「靖国刀」の鋳造を黙々と再現してみせる現役最後の刀匠。 その映像を象徴的に構成しながら、映画は「靖国刀」がもたらした意味を次第に明らかにしていく




 このことについて有村議員はこう指摘しています。


そして、この「靖国」のパンフレットにも書かれていますけれども、そして知られざる事実がある、靖国神社の御神体は日本刀であり、昭和八年から敗戦までの十二年間、靖国神社の境内において靖国刀が鋳造されていたというふうに書かれていますけれども、これは事実誤謬でございます。知られざる事実があるというふうに言って、靖国神社の御神体は日本刀であるというふうに主張されていますが、この認識自体が誤謬なんです。事実誤認でございます。これは私自身が靖国神社の広報に問い合わせています。神社で大切にされていらっしゃる神剣は、一般的に世に言う日本刀、片刃でワンエッジですね、片刃で反りのある日本刀とは形状も異なっておりまして、この御神体は日本刀ではありません




 靖国神社のご神体には鏡のほか剣が含まれていますが、ご神体の「剣」を「靖国刀」などの「日本刀」(特に現代刀)と同じところにカテゴライズできるかどうかは議論が分かれます。ご神体は神のよりしろですので私はご神体がどのような形状をもち、どのように製造されたのかは知りません。故に判断できないのです。


 ちなみに上記に言う「靖国刀」とは昭和8年に靖国神社に陸軍省所管の財団法人「日本刀鍛錬会」が作られ、そこで作られた刀を指しています。これは「日本刀」と言い得るものですが、「靖国神社の境内で作られた刀」を指すのであって、ご神体の「剣」と同じに扱うことは宗教的にも事実上も出来ません。「ご神体の剣」と「靖国刀」を連続したものとして戦争に関わらせるのは強引ではないかと、私には思われます。


 また、剣は様々な神社でご神体として祀られていて、何も靖国に特有なものではありませんし、剣を戦争や勇猛さの象徴として扱うのは世界的に存在する普遍的現象なのです。


 「靖国刀」を日本軍の残虐行為として結びつける映像が使用され、それを靖国神社のご神体、あるいは宗教性と直接結びつける内容が重大なテーマとされているのならば、事実性が議論の俎上にあげられても致し方ない、と私には思えます。




●その他の問題


 肖像権等の問題についてですが、後述します。




●結論


 私見として単に「政治的テーマを扱ったドキュメンタリー」を超えて「政治的宣伝意図を有するドキュメンタリー」として問題視されても仕方のない形式を持っているように思われます。少なくとも、この映画に対する助成を問題視することは可能、というよりも、妥当なことであると思われます。
 



論点3:「日本映画」に該当するか否か


 芸術文化振興基金はその助成を


 平成18年度芸術文化振興基金助成金募集案内(その2)

日本映画(注1)の企画から完成までの製作活動(2ページの表に示す期間内に完成試写を行うもの)で、国内において、一般に広く公開(注3)されるものとします
 ただし、商業的、宗教的又は政治的な宣伝意図を有しないものとします。




と、して日本映画に限っています。


 また、その助成の趣旨は


我が国の優れた映画の製作活動を奨励し、映画芸術の振興を図るため、日本映画の制作活動を支援します。




と、記して、その趣旨を日本の映画制作活動の奨励と日本映画を通じた芸術振興にあるとしています。


 さて、映画「靖国」は日本映画といえるのでしょうか。


 3月25日、参院の文科委員会での自民党水落議員の質問に答えた文化庁の見解を見てましょう。
 


[001/001] 169 - 参 - 文教科学委員会 - 2号
平成20年03月25日

政府参考人(高塩至君)

日本映画とは、我が国の法令により設立された法人により製作された映画であります。また、外国の製作者との共同製作された映画につきましても、日本芸術文化振興会がその著作権の帰属につきまして検討して、日本映画として認めているところでございます。
 御指摘の映画「靖国」の製作者でございます有限会社龍影は我が国の法令により設立されました法人でございまして、また過去に日本映画を製作した実績もあることから、独立行政法人日本芸術文化振興会の審査会において助成の対象になると判断されたものと承知いたしているところでございます。




 高塩氏が述べるとおり、助成の対象にいう「日本映画」は


平成18年度芸術文化振興基金助成金募集案内(その2)

日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画とします




 としており、映画「靖国」の製作者は日本の法令によって設立された有限会社となりますので助成の対象とはなりえます


 ただし、これが一般にいう「日本映画」のイメージからは異なっていることは注意が必要です。


 まず、監督が中国人であること、製作総指揮が全員中国人であること、プロデューサーの殆ど全員が中国人であること、共同制作者として北京電影学院など様々な中国会社が名を連ねていること、など「日本映画」の一般的イメージ(日本人製作の日本的映画)をそのまま持ち込むことは出来ないでしょう。しかし、それは現行制度上での助成を妨げるものではないと私は思います




論点4:審査手続は適正に行われたか否か


 審査手続きに重大明白な瑕疵があるかどうかは気になるところです。


助成についての審査手続きは



[001/001] 169 - 参 - 文教科学委員会 - 2号
平成20年03月25日




○水落敏栄君

 記録映画の審査は審査委員会の決定にゆだねられて、特に台本が存在しないことが多い記録映画については、提出された企画書等を中心に審査、審議して助成すると、こういうことになっていますね。



○政府参考人(高塩至君) 
 芸術文化振興基金の映画製作支援に当たりましては、専門委員会におきまして合議審査が行われ、助成を内定した後に完成試写会を実施いたしまして、映画の完成を確認してから助成金の支払を行う手続を取っているところでございます。
 映画「靖国」につきましても、平成十八年の九月に専門委員会において合議審査が行われ、同年十月に助成が内定した後、平成十九年三月に完成試写会が実施され、専門委員会として映画の内容を確認した上で同年四月に助成金が支出されたところでございます。このように今回の件につきましては、独立行政法人日本芸術文化振興会におきまして所定の手続に従いまして審査が行われているものであると承知をいたしております。




といったものです。


 ここで重要なのは「企画書を審議して内定」を出し、「完成試写会の後に助成金交付を確定する」というところです。つまり、交付の決定、審査は専門委員に委ねられており、その審査は企画書と試写内容で判断される、ということです。


 この専門員会での審議は議事録を作成しているわけではなく、審査がどのように行われたかは外部から窺い知ることが困難になっています。また、助成交付を判断する最終チェック手続きである完成試写会参加に委員は日当を一切支払われておらず、審査という機能が著しく損なわれていると指摘されています。


 映画「靖国」においては、「靖国」を含めた16本の映画の企画書審査をわずか3時間で終わらせ、完成試写会は委員6名中4名しか出席しなかったことも問題とされました。


 現行制度には委員会に大きな権限が委ねられており、チェック制度そのものに不備、機能不全があるように思われますがとりあえず、現行上全ての手続きは行われたことになると思います




論点5:その他の問題


 この映画には肖像権に関する問題があるとの強い指摘がなされています。参議院内閣委員会での自民党有村議員の質疑によれば、3名のキャストのうちの1名、刈谷直治氏が同映画のキャストになることを承知していないようです。




平成20年3月27日 内閣委員会 有村治子議員 質疑

映画の中で最も多くの時間を割かれて登場される刈谷直治さんは、靖国刀を作っていた現役最後の刀匠、刀のたくみでございまして、現在九十歳の御高齢です。美術品として純粋に靖国刀匠、たくみのドキュメンタリーを撮りたいという若い中国人の青年の申出に、刀を作る自らの映像を撮影することは承諾され、これが私の現役最後の仕事になるなと覚悟を決めて協力をされました。映画パンフレットによると、キャストというふうに刈谷さん書かれていますが、この刈谷さんは実際には本映画でキャストになることを全く知らされておらず、このことを承諾されていないばかりか、完成品の映画を見る機会すら与えられていません
 いっとき、進行過程での映像を御覧になって、当時政治問題化していた小泉総理の参拝映像や終戦記念日の靖国境内の政治的喧騒の映像と交ぜ合わせて刈谷さんの刀を作る映像が交錯されて使われていることに違和感を覚え、ここからです、刈谷夫妻は不安と異論を唱えられました
 すると、刈谷さんの御自宅に赴いた李纓監督と助監督の中村さんは、この映画には日本の助成金が出ているし、助成金を受けているというそのマークも付いているから大丈夫ですよと夫婦をなだめていらっしゃいます。助成金が公的お墨付きとして使われ、刈谷さん本人がキャストに仕立て上げられる、本人は嫌がっているんです、キャストに仕立て上げられることを承諾するよう、助成金のマークが入っているから大丈夫ですよ、日本政府も助成しているんですよという説得の材料になってしまっています。
 このような経過から、最終作品は刈谷氏の善意を踏みにじっており、刈谷さん夫妻はこの映画において刈谷氏の肖像が入ることを全く承服しておらず、作品から刈谷さんの映像を一切外してほしいと希望をされています。これは、私自身が一昨日、平成二十年三月二十五日、刈谷さん本人と御確認を取りました。





朝日新聞
「思った趣旨と違う」 映画「靖国」に出演の刀匠
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200804100101.html



ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」をめぐり、映画の中心的な登場人物で、高知県内に
住む刀匠(90)とその妻(83)が10日、朝日新聞の取材に、「思っていたのと違う趣旨で映画が
作られていて、『靖国問題』に巻き込まれてしまった」と話し、出演場面の削除などを希望した


刀匠によると、05年に李纓(リ・イン)監督側から「出演依頼」の手紙が送られてきた。戦後、伝承
されなくなってしまった靖国刀の最後の刀匠として取り上げたい、という内容だったという。刀匠は
承諾し、李監督は靖国刀を制作している場面などを撮影した。

その後、李監督らが自宅に来て映像を見せてくれたが、靖国神社に参拝する小泉首相(当時)と
それに反対する人たちに交じって、刀を作る映像が流れていたため、「これでは撮影を受けた
趣旨と違っている」と出演場面と出演名の削除を頼んだという。

今年3月に自民党比例区選出の有村治子参院議員から、「国会で映画を審議しているからどの
ように考えているのか意見を聞きたい」という電話があり、刀匠は「出演していることが本意では
ないので、名前と映像を省いてほしいし、完成品を見せてほしいと思っている」と伝えたという。

今回の映画について、刀匠は「靖国刀の伝統技術や美術品としての価値を後世に伝えてくれる
ものだと思っていた。『靖国問題』と結びつけるものだとは、まさか思っていなかった」
と話している。





 刈谷氏への撮影については、前述の通り、トム岸田氏を通じていましたが、当初「伝統工芸に対するドキュメンタリー」との要望が、上映時には日本刀と残虐性を結びつける「政治ドキュメンタリー」になり、驚愕したと岸田氏はインタビューに答えています。


 「伝統技術ドキュメンタリー」が「政治ドキュメンタリー」に変貌し、なおかつ精魂込めた作品や自分を認めた先人の作品が残虐な道具として演出され、冒涜と受け取られかねない内容になっていたならば不安と怒りを覚えるのは当然でしょう。気の毒であるとしか言い様がありません。これは映画に関する重大な問題であるといわねばなりません。





 また、同質疑ではパンフレットの肖像権の問題も取り上げられました。



平成20年3月27日 内閣委員会 有村治子議員 質疑

 このパンフレットに載っている制服姿の青年、この青年ですね、この青年は現役自衛官であり、彼が靖国神社に参拝しているところをこの映画「靖国」を作った人たちが無許可で撮影をし、その映像が無許可でこの映画に使われ、このパンフレットにおける掲載がされていることもこの自衛官の方は一切知らなかったんです。この現役自衛官の方がたまたま靖国神社にお参りしたときに勝手に無許可で撮られた肖像権は全く守られていないという状態が今も続いています。




 この現役自衛官の参拝写真はHPトップにも掲載され、映画の広報に大きな役割を担っています。この写真についても一切の許可や連絡がなかったといわれています。


 これに加え、取材方法に対する疑義も呈せられました。


 事実誤認をドキュメンタリーと主張し、十月十七日の霊璽奉安祭を始め、撮影が禁じられている場所や時においても撮影し、知らない間にキャストに仕立て上げられた刈谷さんのお気持ち、希望を無視して上映を重ねるなど、手段を選ばない取材、撮影によって肖像権をじゅうりんされた人々との間に数々のトラブルを起こしているこの映像を文化庁が芸術文化振興の名の下で公金を使ってまで後押しをすることが果たして適切なんでしょうか。




 撮影を禁じる場所や時間というのはアチコチに存在しています。それは撮影が保存や秩序維持の障害になったり、宗教的に許されなかったりするためです。撮影の自粛は自由なジャーナリズムと緊張関係をを帯びるものですが、純宗教的な理由であればなおさら敏感に反応しなければならないタブーにもなってくるでしょう。これを破って撮影するというのはマナーの上で問題があるのではないでしょうか。




●助成金交付についての私見


 政治的ドキュメンタリー映画が国家権力からの直接資金援助を受けること自体が映画のプロパガンダ化を促進する恐れがあり、私が制作者ならば助成金を望んだりはしません。また、「政治的宣伝意図」のみならず政治的テーマを有する映画に助成を与えることも文化振興という基金の本義から見て、疑問があります。私は基金の制度、そして製作者の両方に疑問を覚えます。


 しかしながら、現行手続制度に議論の余地があるとはいえ、(「政治的宣伝意図」の問題を除いて)、手続的には合法的に助成が行われたと考えています。








■上映中止問題、「言論の危機」



 助成金問題に関する議論が活発化し、世論の注視が集まる中、映画の中立性が疑問になりました。それに伴い極右団体や妨害者の反応があり、上映が決定していた映画館が自主的な上映中止を発表(銀座シネパトスに街宣車がのりつけ上映中止を叫んだ等)。各報道機関や業界団体は「言論の危機」に懸念を覚える旨の声明を相次いで発表しました。


 言論を抑制する示威活動や妨害行為は映画に対する賛成意見のみならず反対意見をも排除するものであり、言論に対する挑戦だと指摘することが出来るでしょう。上映への圧力の善悪については論争の余地はないことかと思いますが、それでも「言論の危機」問題では議論の余地を残す批判や論点が残っています。




論点1:国会議員による圧力


 「言論の危機」を指摘する中ではその危機の原因を助成金問題を指摘した国会議員にまで広げ、国家議員が「検閲」を行い、上映に圧力を加えていると非難するものまで見られます。


 立法府の議員が行政の公金使用をチェックするのは当然といわねばなりません。国会議員は上映を中止するように圧力を加えてもいませんし、上映中止の行政処分を行ったわけでもありません。また、上映中止するように極右に指示したという事実も今のところ全く判明していません。結局のところ、上映中止に動いた原因と責任は「国会議員」ではなく「極右」や「妨害者」に求めるべきです


 また、広範な因果関係に基づいて国会議員らに責任を負わせるのは助成と映画の問題性を考えると余りに酷です。議論の煥発自体が問題視されるならば極右の妨害と等しく問題性があるといわねばなりません(第一、ことの発端は一部週刊誌の記事です)。因果関係に基づく責任があると仮定しても、それは示威や妨害を行ったものと比較して、かなり軽微なものということが出来ます。現在の一部報道や一部政党にあるよう議員批判は妥当性を欠くものです。

 




論点2:国会議員による検閲



 いうまでもなく、最高裁判決は憲法で禁止された検閲は行政権を主体として行われたものを指しています。


「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することをさす 
(税関検査事件最高裁判決 最判昭59.12.21)




 例えば、「X誌に掲載される予定の甲へのインタビューを事前に調べた内閣官房長官が『日韓外交に影響を及ぼす』として同誌を発禁処分にした」などの例が考えられるでしょう(ちなみに藤尾さんの件は処分を伴わない行政指導の形をとっていますし、実際に処分はありませんでしたので検閲ではありません)。


 今回の場合、国会議員がこの映画を問題にしたのは税金が適正に使われているかを問題にしているのであって、映画館の上映に関して圧力をかけてはいるわけではありませんし、この上映は調査であって助成金撤回処分を前提目的とするものではありません。また、国会議員は立法府の議員であって行政権を行使してはいませんし、上映中止処分は出されておらず試写と上映中止をリンクさせることは本来的に不可能です。


 上記のような判例によらず学説を採用したとしても、「公権力の事前事後の審査による発表禁止行為」が認められるとはいえません。この場合でも「公権力」は専ら行政権を指すのが普通ですし、発表禁止処分は出ていないからです(国政調査権は公権力ですが、議院・委員会にその権能があり、議員個人ではありません。事実関係としても国会議員が公権力行使の外形を整えていたのかは疑問があります)。検閲主体、検閲態様には大いに疑問があり、やはり、私が思うに「事前検閲」として議員を非難するのは問題です


 分かり易くするため、ちょっと「法律を知らない人」(私)の意見をまとめてみます。


法律を知らない人の私見まとめ

 事実:⑴議員が試写を要望し??、文化庁は配給元と交渉した ⑵事前試写は配給元の自主判断を基礎に行われた ⑶「靖国」は事前試写を行ったが言論市場へいつでも発表できた ⑷映画の上映禁止処分はなされていない ⑸事前試写は発表禁止を目的としていない ⑹議員による上映妨害行為もない


 判例:⑴検閲主体→議員においては行政権は行使されていない ⑵「その全部または一部の発表の禁止を目的」→試写は発表禁止処分や助成金撤回処分を前提目的とするものではない ⑶)表現物につき網羅的一般的→網羅的一般的とは言い難い ⑷「不適当と認めるものの発表を禁止すること」→発表禁止処分はない

 ⇒「事前検閲」とは言い難い



 学説:⑴検閲主体→議員は公権力を行使しているかは疑問 ⑵検閲態様→発表禁止処分は出されていない ⑶「靖国」の言論市場への参入を試写は止めていない ⑷文化庁ないし行政が上映を妨害した事実はない

 ⇒「事前検閲」とは言い難い


※:ただし、一部報道にあるように本当に「国政調査権である」といって議員が行政に依頼をしたならば、その行為自体に疑義を差し挟む余地があります。国政調査権は本来「各議院」(各委員会)に権能があるのであって、議員個人にあるわけではないからです。また、国政調査権の使用(外観も)は公権力の行使に当たると考えられる余地があることは注意を有します。ただし、その場合も事前検閲とは言い難いのは上記の通りです。







 事前試写で文化庁は上映中止処分などの不当な行政処分は一切行っていません。また、試写を行うか否かは配給側の自主性に基づいていますので、これも「検閲」ということは出来ないでしょう。試写も「全国会議員への試写」ということで思想的中立は保たれています


 


論点3:事前試写の事実関係


 映画「靖国」は全国会議員向けに事前試写が行われました。この事前試写は上記の通り直接「事前検閲」に関わるものではありませんが、助成金に関する行政処分も考えられますので、表現の自由を事前抑制するものだ、として非難されることもありえます(相当苦しい論理かとは思いますが)。


 いうまでもなく、事前試写は配給側の自主性に基づきなんら強制がなく行われました。また、全国会議員向けということで特定思想や特定勢力に限定したものではありませんでした。


 しかし、「事前試写を自民党稲田朋美議員をはじめとする一部国会議員が事前試写を行うように文化庁に圧力をかけていたとする報道」があり、これは「検閲」であり言論の介入、そして上映中止の引き金、として、稲田議員らを非難する声が相次ぎました。


 すでに述べたとおり荒唐無稽な主張ですが、この「事前試写を自民党稲田朋美議員をはじめとする一部国会議員が事前試写を行うように文化庁に圧力をかけていたとする報道」そのものが誤報であった可能性が出てきました。


 朝日新聞はこう大きく報道しました。




朝日新聞
靖国映画「事前試写を」 自民議員が要求、全議員対象に
2008年03月09日03時24分

 李監督の事務所と配給・宣伝会社の「アルゴ・ピクチャーズ」(東京)によると、先月12日、文化庁から「ある議員が内容を問題視している。事前に見られないか」と問い合わせがあった。マスコミ向け試写会の日程を伝えたが、議員側の都合がつかないとして、同庁からは「試写会場を手配するのでDVDかフィルムを貸して欲しい。貸し出し代も払う」と持ちかけられたという。

 同社が議員名を問うと、同庁は22日、自民党の稲田朋美衆院議員と、同議員が会長を務める同党若手議員の勉強会「伝統と創造の会」(41人)の要請、と説明したという。同庁の清水明・芸術文化課長は「公開前の作品を無理やり見せろとは言えないので、要請を仲介、お手伝いした」といい、一方で「こうした要請を受けたことは過去にない」とも話す。






 これに対して稲田議員はこう主張します。




08-04-07 チャンネル桜
稲田議員に聞く、映画「靖国」上映中止騒動 - 左翼メディアの偏向報道
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2937013

稲田:私は、あの、上映を公開前に見せろといったことは一回もなくて、(「朝日新聞にはそういう風に書いていますけど」)、それがそもそも誤報なんですよ。私は今、朝日新聞に抗議を申し入れていて、稲田議員が事前に試写を申し入れたことは絶対に違っているんだ、ということは文化庁も認めています。文化庁は朝日新聞から確認がきて、「稲田先生が事前に試写を求めていた事実はありますか?」と聞かれて、「そういう事実はありません」とキチンと文化庁も答えているので、朝日新聞は事実を分かっているにも関わらず、その点を訂正しないのはおかしいと思います






産経新聞
【正論】文化庁の映画助成 衆議院議員、弁護士・稲田朋美
2008.4.9 04:10
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080409/trd0804090413003-n1.htm

 発端は一部週刊誌が「反日映画『靖国』は日本の助成金750万円で作られた」と報じたことだった。試写会を見た複数の友人からは、この映画に弁護士時代の私が映っているとも伝えられた。もちろん私は、この映画で観客の目にさらされることを同意したことはなかった。

 そこで2月に、私もメンバーである自民党若手議員の「伝統と創造の会」(「伝創会」)で助成金支出の妥当性を検討することになり、文化庁に上映を希望した。当初、文化庁から映画フィルムを借りて上映するとして、日時場所も決めたが、その後製作会社が貸し出しを拒否する。そして文化庁協力と書かれた国会議員向け試写会(主催者不明)の案内が配布され、伝創会の上映会は中止に追い込まれた。

 朝日新聞が報じたような「(私が)事前の(公開前)試写を求めた」という事実は断じてない。助成金を問題にする前提として対象となる映画を見たいと思うのは当然であり、映画の「公開」について問題にする意思は全くなかったし、今もない。「事前の試写を求めた」という歪曲(わいきょく)について朝日に訂正を求めているが、いまだ訂正はない。




 一応、真偽不明ですが、留意はしておく必要があります。



【追記】

 稲田朋美議員のHPに「お知らせ」が掲載されていました。


稲田朋美議員HP
映画「靖国」の助成金問題について産経新聞正論に書きました。新聞では字数に限りがありましたので割愛していないものをこちらに掲載させていただきます。
 

この映画を試写会で観た複数の人が映画のなかに弁護士時代の私が映っていると教えてくれた。もちろん私はこの映画で観客の眼にさらされることを同意したことはない。今年の2月に伝創会で助成金支出の妥当性を検討することになり、文化庁に上映をお願いした。当初文化庁からは映画フィルムを借りて上映するという話があり、日時場所も設定したが、直前に制作会社が一部の政治家だけにみせることはできないというので、すべての国会議員向けの試写会になった。一部のマスコミに歪曲されて報道されたような私が「事前の(公開前)試写を求めた」という事実は断じてない。公開前かどうかは私にとって何の意味もなく、映画の「公開」について問題にする意図は全くなかったし、今もない。 




 試写については「事前」試写かどうかを問題にしたことはない、という主張です。実際に、事前試写になったため、メディア報道の歪曲性の問題を除けば、あまり重要な話ではないように思います。稲田議員と朝日新聞の意見の食い違いはメディアの影響力、メディアの恐ろしさという観点から見るのが適切だと私は思います。



さらに追記


 どうも、各マスメディアから流されている事前試写の経緯(国会議員が文化庁に事前試写を要請した)と異なる見解が政治家から出ているのは上記の通りです。しかしながら、稲田さんの説明は言葉足らずなので、これに加えた経緯を詳細に発表している発言が政治家から出てきました。


■はぎうだ光一の永田町見聞録
2008年04月12日  ■騒ぐだけ宣伝に
http://blog.livedoor.jp/hagiuda1/archives/51384502.html

 事の発端は文化庁の外郭団体である(独)日本文化芸術振興会が公費750万円を助成した基準が妥当かどうかを質した事にあるが私も当初から関わってきたので真相を話したい。
 一部マスコミが「反日映画に国費?」という記事が出た前後から識者の皆さんから助成選考基準が不明瞭という批判が党や各議員にあったため稲田先生が窓口になって文科省に確認した。

(略)

 文化庁の部長の説明は「中立公平に選定したはずだが、作品に問題があった」ただ「反日がテーマではないので一度観てほしい」と持ちかけられた
 ここで話は複雑にこじれる。仲間内の議論では「映画の中身が良いか悪いかは問題ではない。日本映画振興の為に作った基金で中国の映画に助成するのがおかしい」「観ないのに助成対象としてふさわしくないと断定するのが如何か?」「観れば表現内容に政治がクレームをつけたとなる」等今日の騒ぎを予想できるやりとりがあった。しかし「文化庁が観てくれというなら観れる人は観ればいい」となり、3月12日に場所も時間も文化庁がセットした試写会を議員に案内した。ところが数日経って制作会社が特定の議員だけに観せるのは事前検閲になるのでフィルムを貸さないとなり試写会は中止になる。「観せてくれとも頼んでない試写会を政治介入で中止と言われるのは心外。どうなっているのか」文化庁に質したところ改めて超党派での試写会となった。




 つまり、稲田議員や萩生田議員の説明によれば朝日新聞などが報道する「政治家からの要請による事前試写」とは違った「文化庁が事前試写を持ちかけてきた」構図があることになる。これでは全く話の文脈が違う。政治家の「圧力」すら疑わしくなってくる。


 NHKの安倍・中川圧力報道と同じく言った言わないという論争になると思うが、今回の新聞の話も疑う必要があるだろう。
 





●「言論の危機」に関する私見


 各報道機関、各業界団体が一致して上映中止を懸念したことは立派なことであると言わねばなりません。しかし、その責任を上映中止を自主判断した「映画館」や助成を問題にした「国会議員」に向けるべきではありません。向けるとすれば、それは妨害勢力に対してです。報道機関や業界団体、各労組は思想性に関係なく、暴力や非合法の手段を用いて言論を抑制するような勢力を非難しなければならないでしょう。出来うることなら、暴力や非合法手段を用いなくとも議論、上映を許さない場合にも抗議してもらいたいところです(例えば、「プライド 運命の瞬間」など)。


 各プレイヤーには妨害の取締と上映中止への一致した反対を求めたいところです。




■結論1


1:手続き上の面では(制度への批判はあれど)助成の妨げにはならないが、


2:映画「靖国」が助成対象にならない「政治的宣伝意図」を有する映画ではない、とする判断には現段階では多分に疑問の余地がある


3:また映画の制作内容にも問題と議論の余地が大いに見受けられる


4:映画の内容次第では助成が認められないものであったと世論に判断される可能性は高い





■結論2


1:上映への示威行動や妨害は言論への挑戦である


2:映画の上映中止の責任は原則自由判断の「映画館」でも助成を問題にした「議員」でもなく妨害者や極右にある


3:議員を「検閲」といって非難するのは誤りである


4:上映のための警備取締を要望したい












参考:映画を既に見た人の声


自民党参院議員 水落敏栄議員
[001/001] 169 - 参 - 文教科学委員会 - 2号
平成20年03月25日

 もう一つ見た「靖国」という映画ですね、これは誠に不愉快、不快極まりない映画でありました。映画をどう感じるかは見た人の問題で様々でありますけれども、私はこの映画、反靖国の映画と見ました。それは、国や靖国神社を相手取ったいわゆる靖国神社訴訟の原告である真宗の僧侶や台湾の高砂族を登場させて彼らの主張を語らせていますけれども、靖国神社支持者のコメントはもう断片的で、映画に盛り込まれている様々な映像とか写真の中には中国側による事実誤認や捏造が指摘されるものが多く含まれているんですね。そして、靖国神社、日本刀、軍国主義など残虐なイメージを刷り込もうとしておりまして、反靖国プロパガンダ映画だと私は思っています。






民主党衆院議員 横光克彦議員
横光克彦から、みなさまへ!
http://seiretsu.org/cgi-bin/voice/diary.cgi?mode=read&y=2008&m=3

 過去の戦争の悲惨さを考えさせられたと同時に、戦後60数年たったにもかかわらず、「靖国」に対する日本国民と近隣諸国の評価が、今なお統一できずに割れていることにもやり切れなさを感じました。
国のために戦って散ったと主張する人たちと、国のために殺されたと主張する人たちが渾然一体となっているところに、「靖国」の悲劇を改めて強く感じとりました。







 上記は国会議員向け試写での感想です。参考にさせていただきました。






******


2008/4/12 8:45 誤字脱字を一部修正(誤字・脱字は発見次第修正していきます)

2008/4/12 9:45 誤字脱字を一部修正

2008/4/12 15:00 「国政調査権」について追記

2008/4/12 16:00 稲田議員のHP「お知らせ」を追記

2008/4/12 21:50 誤字脱字を最終修正(もう見つけても放置)

2008/4/13 13:20 菅原龍憲氏の裁判について追記

2008/4/18 23:00 事前試写の事実関係について追記
テーマ:表現規制問題 - ジャンル:政治・経済




はじめまして、TB、どうもです。

論点がよく纏まっており、感服いたしました。
【2008/04/11 08:09】 URL | Chobi #-[ 編集]
>Chobi様

Chobi様のブログを参考にして
一部、記事を書き加えさせて頂きました。
ありがとうございます。


>論点がよく纏まっており、感服いたしました

もったいお言葉でございます。
【2008/04/11 08:13】 URL | 何某 #-[ 編集]
『靖国』を取り上げてくださってありがとうございます。作品を観たわけではありませんが、メディアの情報で作品の大まかな内容は見聞きしました。観てない者がああだこうだ言うことの愚かしさは承知のうえで意見を申し上げてよろしいでしょうか。『靖国』に「思想的な偏りはない」、「中立であるのになぜ?」という一部メディアによる紹介の仕方には非常に引っ掛かるものがあります。曰く「ナレーションが入ってない」、「事実を淡々と編集してあるだけ」。しかし事実を積み重ねていって最終的判断は視聴者に委ねるというスタイル、実はこれは逆に恐ろしい確信犯だと思うのは私だけでしょうか。仮に私が映画を作ったとします。例えばチベット暴動、北京の光化学スモッグ、毒入り餃子……こんなフィルムを解説なしに編集していって、作品に『中国』というタイトルをつけたらどうなるか。それを中国で上映しようとしたらどうなるか。作り手はひと言も主張を述べないにしても、製作者の意図は丸見えですね。むしろ自分の意見を云わないだけ卑怯だと思います。さらに、国会議員や右翼の圧力によって上映が中止に追い込まれた、云々。これも事実を都合の良いほうにねじまげているとしか云いようがありません。ひと言で云ってマスコミはずるい。「ペンは剣より強し」だったのではないでしょうか。だったらどんなに弾圧されようが、自分たちが正しいと思った作品なら、堂々自分たちで上映すればよいのです。名前をあげます。朝日にせよ読売にせよ、彼らは作品を上映するメディアを持っている。自分たちは傷つかない安全地帯にいながら、さも都合の良い正義感を振りかざす人たちにはほとほと嫌気がします。「虚報」とは如何に作り上げられていくか、かつて戦時中もそれがどんな結果を呼んだか、何某先生もご存知だと思います。すみません一方的にまくし立ててしまいました、ごめんなさい。
【2008/04/11 21:39】 URL | 名もない軍属 #-[ 編集]
はじめまして。(・・・だったと思います。だいぶ以前から拝読させていただいておりましたが)

今回のエントリー、大変な力作で、調べてまとめ上げるのは大変だったことと思います。
またこのように論点を整理していただけたこと、私自身も考える上で非常に参考になりました。
ありがとうございました。

何某さんのような、冷静かつ客観的に判断する論調はメディアでさえなかなか見られないものです。多くの政治系ブロガーにおいては、各々の持つバイアスゆえに、なおさら冷静さに欠けたものが少なくありませんし。

そういう意味でも、こちらは貴重なブログだと思っておりますので、今後とも参考にさせていただきます。

あまりアクセス数UPのお力にはなれないかとは思いますが、後ほど拙ブログの方から、この記事を紹介させていただこうと思っております。
【2008/04/12 02:31】 URL | j.seagull #CevbjWJc[ 編集]
はじめまして

記事拝読させていただき、これだけの内容を調べ、まとめ、記事にするのにどれだけの時間と努力と気力が必要かと思いますと、ただただ頭が下がります。

ともすれば自分自身の意図や考えに事象の方を合わせて考えてしまうものですが、至極客観的に物事を捉えられていて感服いたしました。

この映画「靖国」に関するblogやコラム、報道を私もそれなりに多く目にしましたが、この記事が最良のエントリーであると思います。

ありがとうございました。
これからたびたび訪問させていただきます。
【2008/04/12 09:45】 URL | グリッティ #l7H4TccY[ 編集]
お久しぶりです。
「靖国」、一番残念なのが刀匠です。
90を超えた職人が人生最後の仕事を賭した映像が
こういうドキュメンタリーになってしまったのは、残念ですね。
素直に伝統工芸ドキュメンタリーにすれば良い内容になったでしょうに。
【2008/04/12 10:08】 URL | 松任丸 #ZrBWMFKA[ 編集]
>名もない軍属 様

>作り手はひと言も主張を述べないにしても、製作者の意図は丸見えですね


その通りだと思います。ドキュメンタリーも撮影や編集といった制作の手続きを踏みます。そこには作り手側の意識が介入してしまうものです。如何にナラティブなものであっても映像には意図やメッセージが含まれるわけです。

そして、今回の映画はロールやテーマから見て、決して単純に受け手に任せるものではないと思います。今回の映画、まだ一般公開されていませんが、この映画の中立性、それを基準や要件を設けて判断することは可能、そして妥当であると私は思います。
【2008/04/12 10:40】 URL | 何某 #B8avwsKw[ 編集]
> j.seagull 様

「考察NIPPON」様で取り上げて頂き恐縮です。
こう誉められるとどこか気恥ずかしいものがありますね。
まだまだ「考察NIPPON」様には遠く及びませんが、今後とも宜しくお願いします。
【2008/04/12 10:53】 URL | 何某 #B8avwsKw[ 編集]
>グリッティ 様

どうも、はじめまして。
コメントありがとうございます。

>この記事が最良のエントリー

とりあえず、現段階での考えをマトメておいたものですので、
探せば穴はボロボロ出てきそうな気がします。
映画が一般公開されれば、見て、判断したいなぁ、と。
【2008/04/12 10:58】 URL | 何某 #B8avwsKw[ 編集]
> 松任丸 様

お久しぶりです。

>素直に伝統工芸ドキュメンタリーにすれば良い内容

これは本当にそう思います。
撮り手の意図目的文脈によって同じ映像でも全く意味合いが変わってきますからね。
刈谷さんも岸田さんも「伝統工芸ドキュメンタリー」と説明を受けていたようなので、そこのところは大きな問題です。
刀匠や岸田さんの魂、善意が踏み躙られたとすれば残念でなりません。
【2008/04/12 11:03】 URL | 何某 #B8avwsKw[ 編集]














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と、タイトルを付けてしまいましたが、映画「靖国 YASUKUNI」にまつわる諸問題については、私は書かずに(笑)、とても参考になるブログをご紹... 考察NIPPON【2008/04/12 04:57】

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