江藤淳氏の『閉された言語空間』は大変有名な本である。占領軍が行った情報統制研究の先鞭をつけ、その重要性を喚起したという点で歴史的著作であるといって良い。
私は以前、
1945年9月2日の降伏文書調印から1952年4月28日サンフランシスコ平和条約発効までのおよそ7年間の時代を「戦後胚胎期」として「戦前」「戦後」と明確に区別しようと主張した。この戦後胚胎期において、占領軍は様々に日本の諸制度を改革・創造した。法や政治、経済、行財政、皇室、教育、宗教、暦、文字に至る上から下までのアラユル旧体制を解体、修正、再構築した。それが「戦後」(安倍前首相のいう「戦後レジーム」)である。
それら諸改革が一体となり一つの「体制」「レジーム」として長く日本の諸空間を規定してきたわけであるが、戦前よりも寛容な民主主義を日本の政治空間に取り込ませた以上、(「改革」が日本人にとって実際に有効・有益となることは勿論だが)その
「戦後体制」を補完するための担保として日本国民、それ自身が創造された「体制」を肯定的に評価して従容と賛成することが必要になってくる。
さもなければ、せっかく改革・創造した戦後体制が将来主権を取り戻した日本人の手によって崩壊させられてしまうからである。例えばシャウプ勧告やメディア集中排除原則、書道教育の禁止など戦後骨抜きにされた「改革」も多い。そのような事態は戦後体制を生んだ連合国にとって好ましい事では決してない。長期的に見ればこれから構築する体制を承認させ、長く保持出来るように日本国民を導いていくのは
連合国の当然の利害と考えなければならない。これは連合国の戦争の正当性、占領権力の正統性とも密接に関係してくる。
また、新しく敵国日本を統治することになったアメリカを中心とする連合国が日本国民の反発を抑え、従順になるように導く施策に出るのは安全を確保する上でも自然なことである。これまで殺しあってきた敵国人、原爆を投下し、街中を火の海にした敵国人、に対して日本人が反感を抱くのは当然であり、これを抑える必要が治安上連合国側にはあるからである。
このような諸々の利害関係上、必然的に連合国は日本国民の価値基準を連合国の価値基準に迎合させ、旧体制を否定し、新体制を肯定させ、自らの正当性・正統性を確立するよう
宣伝政策に打って出るのが合理的であり、自然である。歴史もそう動いていった。
主な方策としては、
日本で機能しているマスメディアや教育機関を管理統制し、流通する情報を検閲し、自己に都合の良い情報を逐一流し、また自己に都合の悪い情報を一切遮断し、ひたすら連合国政策の正当性を誇張し、宣伝し、刷り込むことである。制度や権力構造を変えるだけでは体制は保たれない。個々人の価値基準や発想を変革し、「自発的」に与えられたスタンダードを受け入れ、「自由を与えながら」選択肢を狭めるようにせねばならない。
この上、当時の日本は物資不足や先行き不透明感から民心は混乱し、疲弊していた。食料と最低限の地位、金銭さえ保証すれば協力者は腐るほど作れる。例えば郵便検閲業務を担った「GHQ検閲官」は生活難の中にいた日本人が雇われてその職務に励んだ。生きること、家族を養うことが切実であった彼らを非難することは出来ないが、このような状況下で開始された連合国側の精神施策が有効に機能していったことは想像に難くない。
上記のような方策はその
国を絶対的に強権的に支配する状態があるからこそ可能であり、マスメディア、教育、生活一般がGHQの統制下におかれた「戦後胚胎期」だからこそなせることなのである。これは諸々の制度を設定し、戦争のために検閲した大日本帝国政府の強権と比較検討するのも面白いし、戦前と戦後でマスメディアの果たした役割を世論側から比較検討するのも面白いかもしれない。
アメリカ合衆国メリーランド州スートランドにある米国国立公文書館分室で史料の発掘を行っていた文学者江藤淳は一葉の史料を発掘した。1946年11月25日と日付が捺してあり、「新聞・映画・放送部 月例業務報告書・付録1」と表題にあるこの史料の発掘に江藤が驚愕したことは夙に有名である。史料は連合国が日本の報道機関を統制するためになされた驚くべき検閲の内容が記されていた。
『閉された言語空間』
A Brief Explanation of the Categories of Deletions and Suppressions, dated 25 November, 1946, The National Record Center, RG 331, Box No. 8568.
次に掲げるのは、削除または発行禁止処分の対象となる項目を略説したものである。月例報告書付録1の書式に列挙してある。
(1) SCAP−連合国最高司令官(司令部)に対する批判
連合国最高司令官(司令部)に対するいかなる一般的批判、および以下に特定されていない連合国最高司令官(司令部)指揮下のいかなる部署に対する批判もこの範疇に属する。
(2) 極東軍事裁判批判
極東軍事裁判に対する一切の一般的批判、または軍事裁判に関係のある人物もしくは事項に関する特定の批判がこれに相当する。
(3) SCAPが憲法を起草したことに対する批判
日本の新憲法起草に当ってSCAPが果した役割についての一切の言及、あるいは憲法起草に当ってSCAPが果した役割に対する一切の批判。
(4) 検閲制度への言及
出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接間接の言及がこれに相当する。
(5) 合衆国に対する批判
合衆国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(6) ロシアに対する批判
ソ連邦に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(7) 英国に対する批判
英国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(8) 朝鮮人に対する批判
朝鮮人に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(9) 中国に対する批判
中国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(10)他の連合国に対する批判
他の連合国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(11)連合国一般に対する批判
国を特定せず、連合国一般に対して行われた批判がこれに相当する。
(12)満州における日本人取扱についての批判
満州における日本人取扱について特に言及したものがこれに相当する。これらはソ連および中国に対する批判の項には含めない。
(13)連合国の戦前の政策に対する批判
一国あるいは複数の連合国の戦前の政策に対して行われた一切の批判がこれに相当する。これに相当する批判は、特定の国に対する批判の項目には含まれない。
(14)第三次世界大戦への言及
第三次世界大戦の問題に関する文章について行われた削除は、特定の国に対する批判の項目ではなく、この項目で扱う。
(15)ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及
西側諸国とソ連との間に存在する状況についての論評がこれに相当する。ソ連および特定の西側の国に対する批判の項目には含めない。
(16)戦争擁護の宣伝
日本の戦争遂行および戦争中における行為を擁護する直接間接の一切の宣伝がこれに相当する。
(17)神国日本の宣伝
日本国を神聖視し、天皇の神格性を主張する直接間接の宣伝がこれに相当する。
(18)軍国主義の宣伝
「戦争擁護」の宣伝に含まれない、厳密な意味での軍国主義の一切の宣伝をいう。
(19)ナショナリズムの宣伝
厳密な意味での国家主義の一切の宣伝がこれに相当する。ただし戦争擁護、神国日本その他の宣伝はこれに含めない。
(20)大東亜共栄圏の宣伝
大東亜共栄圏に関する宣伝のみこれに相当し、軍国主義、国家主義、神国日本、その他の宣伝はこれに含めない。
(21)その他の宣伝
以上特記した以外のあらゆる宣伝がこれに相当する。
(22)戦争犯罪人の正当化および擁護
戦争犯罪人の一切の正当化および擁護がこれに相当する。ただし軍国主義の批判はこれに含めない。
(23)占領軍兵士と日本女性との交渉
厳密な意味で日本女性との交渉を取扱うストーリーがこれに相当する。合衆国批判には含めない。
(24)闇市の状況
闇市の状況についての言及がこれに相当する。
(25)占領軍軍隊に対する批判
占領軍軍隊に対する批判がこれに相当する。したがって特定の国に対する批判には含めない。
(26)飢餓の誇張
日本における飢餓を誇張した記事がこれに相当する。
(27)暴力と不穏の行動の扇動
この種の記事がこれに相当する。
(28)虚偽の報道
明白な虚偽の報道がこれに相当する。
(29)SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及
(30)解禁されていない報道の公表
「月例業務報告書」と銘打ってある資料の付録であることから、この検閲指針は従前から行われていたものであることが推測された。
この史料に書かれた内容はいうなれば旧体制の完全否定と新体制批判の封殺の実行である。また、その否定・封殺を行う「検閲」そのものの秘匿である。この一枚の報告書は明らかに日本国民への情報操作を企図している。
日付は繰り返すが1946年11月25日。日本国憲法公布のわずか3週間後であり、検閲指針の(3)では憲法起草に関するSCAPの関与、そして憲法への一切の批判を報道することを許すな、と書いてある。東京裁判への批判、大東亜戦争の肯定、その他曖昧な「ナショナリズム」「軍国主義擁護」を検閲する規定は実に面白い。「戦後」レジームの精神構造の原因がどこにあるのか、といった問題も提起されよう。
1946年の上記業務報告書は情報統制計画の一端を示す貴重な史料である。
ところで、牧野英一博士といえば東京帝国大学名誉教授にして、刑法学の権威として有名な大人物である。牧野氏の著した『新憲法と法律の社会化』は1948年に刊行された書籍であるが、この底本を江藤淳氏は時相前後をして発見し、原稿や出版された書籍など各ヴァリアントを比較することによってGHQ側の意図をより正確に明らかにした。
以下、【★】で囲んだ箇所は発見された初原稿には記されていたものであるが、後の出版本からは削除された箇所である。ここには検閲の影響があると考えられる。
『落葉の掃き寄せ 一九四六年憲法-その拘束』(江藤淳)
新憲法と法律の社会化(牧野英一)
憲法の改正ということは、終戦後若干日を経た昭和二十年の十月頃から問題となったのであった。ポツダム宣言の受諾においてそれはすでに胚胎していたところであったが、【★はじめはその受諾には国体の護持せられるべきことが了解せられているということから、憲法の改正ということは十分に意識せられなかった。それがいよいよ問題とせられねばならなくなってからでも、】一般には明治憲法の第一条乃至四条は動かないものと考えられていたのであった
新しく憲法を制定するについて、従来法令の言葉づかいの難解生硬なことが兎角問題にせられ来ったのを一挙にして解決しようとした【★は固より大によしとして、それにしても−−そうして、特に口語体に依ることにしたのは大に意義あることであるにしても−−その手際がむしろ翻訳的なものであることが、世の注意を引くところであった。】かくして、われわれは、おのずから、同時に発表せられた英訳を対照して、事を研究したのであった。【★率直に言って、憲法草案は、正文たる日本語のものを読むよりも、英訳に就くことが理解を容易にし、且つなめらかならしめるのであった。
われわれは、英訳草案の中に若干の誤訳を発見することができたかのようにも考えねばならなかった。その誤訳の、事を却ってなだらかならしめるもののようにもおもわれるのであった。政府は、日本語のものが原文で、英語のは訳文に過ぎないことを主張したのであり、それは当然のこととして信ぜねばならぬところではあるが、しかし、一般の場合における原文と訳文との関係とは逆なものになっていることが、争われないところであるとせられたのであった】
上記の【★】箇所は明らかに日本国憲法がSCAPの関与のもとで作られたことを示唆しており、ポツダム宣言がどう受け止められたかも情報として提供するものである。これは
上記月例報告書の内容と激しく抵触する。GHQが実際に言論を封殺しようと実地に動いていたことが分かる話である。
※信じられないことだが、牧野博士がGHQの焚書活動(出版物の没収)に直接関与していた可能性がある、という情報がある。
参照:
ピア 徒然見聞録
降伏文書調印が行われた翌日、9月3日にアメリカ軍ソープ准将はCCD(民間検閲支隊)に対して以下のような命令書は発布した。
2.現地における新聞および放送の検閲は、最高司令官の定める政策に従い、対敵諜報部長の指揮下において、太平洋陸軍民間検閲支隊がこれを実施する
3.新聞検閲は事後検閲とする。すなわち新聞に予め禁止事項を通達し、発行された新聞を検閲して禁止事項違反の有無を確認するものとする。禁止事項は少数とする。違反は相当期間の発行停止によって処罰するものとする
5.〈公共の安寧を妨げる情報〉とは曖昧な定義であるが、しかもなおこの定義は、検閲違反を犯した一切の出版社と放送局の取締を可能にし、同時に日本人の福祉に対する配慮を優先させているという印象を与える。
7.同盟通信社を厳重に管理すること。同盟の配給するあらゆる記事は、同社に常駐する将校によって厳しく検閲されなければならない。(略)
9.上記計画の承認を待って、在京の出版放送界代表者を召致し、〈公共の安寧を妨げる事項〉の概要を通達するよう提議する。(略)
10.ここに略記された政策は、あらゆる国における新聞の自由を擁護するアメリカの新聞界指導者に容認され、この問題に関する合衆国国内世論の好感を得るものと思料する
「公共の安寧を妨げる」という曖昧な規定によって日本の既存メディアに広範な規制を設け、検閲を通してメディアを統制するようにする、という命令書である。この段階では検閲は事後検閲であったが、10月8日以降は事前検閲に移行していった。
事後検閲は都合の悪い情報が一時流れる点で不完全性が伴う。事前検閲のように一切の情報を一度連合国を通すことによって流すほうが強力であり情報統制の完全性は高まる。
この命令は連合国最高司令官指令SCAPIN-16によって9月10日に日本政府に指令された。
1、日本帝国政府ハ新聞、ラジオ放送又ハ其ノ他ノ出版物等ニ依リ、真実ニ符合セズ若ハ公安ヲ害スルニュースヲ頒布セザルヤウ必要ナル命令ヲ発スヘシ。
2、聯合国司令官ハ言論ノ自由ニ関シテハ最少限度ノ制限ヲ為スベキ旨ヲ命ジタリ、日本ノ将来ニ関スル事項ノ討論ノ自由ハ日本ガ敗戦ヨリ世界ノ平和愛好国家ノ仲間入リスル資格ヲ有スル新ナル国家トシテ出発セントスル日本ノ努カニ有害ナラザル限リ聯合国ニヨリ励奨セラル。
3、公式ニ発表セラレザル聯合国軍隊ノ動静、聯合国ニ対スル虚偽又ハ破壊的批評及ピ風説ハ之ヲ論議スルコトヲ得ズ。
4、当分ノ内ラジ才放送ハ主トシテニュース及音楽的娯楽的性質ノモノヲ取扱フペシ、ニュース、解説及ピ情報的放送ハ東京放送局ヨリ放送サレルモノニ限ル。
5、最高司令官ハ真実ニ符合セズ又ハ公安ヲ害スルガ如キ報道ヲ為ス出版物若ハ放送局ニ対シテハ発行禁止又ハ業務停止ヲ命ズ。
「真実ニ符合セズ若ハ公安ヲ害スルニュース」、「公式ニ発表セラレザル聯合国軍隊ノ動静、聯合国ニ対スル虚偽又ハ破壊的批評及ピ風説」という主観判断が可能な勝手の良い基準によって連合国は出版社、放送局を発行禁止・業務停止する権限を持つことを明確にしたのである。
この新聞報道取締方針の影響は実に重大である。まず、日本最大且つ唯一の通信社であった同盟通信社が9月14日にGHQによって停止された。
理由は占領してきた米兵が各地でおこなった犯罪行為・非行行為を逐一に報道したことにより「公安ヲ害」したからである。
9月18日には朝日新聞が48時間の発行停止処分を受けることになった。
理由は各地で頻発する米軍の犯罪行為を非難したコラムを掲載したことと、原爆投下に異を唱えた鳩山一郎の談話を掲載したからである。
翌日9月19日には英字新聞として有名な「ニッポン・タイムス」が社説を事前検閲に提出しなかったために24時間の発行停止処分を命令された。
さらに、10月1日には石橋湛山率いる東洋経済新報の9月29日号を押収する命令が発布された。理由は、
各地で頻発する米兵による暴行行為を非難する社説を掲載したからである。
このように主要な通信社・新聞社は連合国の統制下におかれ、日本人の所謂「精神的武装解除」(バーンズ)の装置として利用されることになったのである。出版社・通信社・新聞社はもはやGHQに逆らうことは出来ない。
そして、9月19日、かの有名な「プレスコード」が通達された。
Press Code for Japan「日本新聞遵則/日本出版法」
趣旨
聯合国最高司令官は日本に言論の自由を確立せんが為茲(ここ)に日本出版法を発布す。本出版法は言論を拘束するものに非ず寧ろ日本の諸刊行物に対し言論の自由に関し其の責任と意義とを育成せんとするを目的とす。特に報道の真実と宣伝の除去とを以て其の趣旨とす。本出版法は啻(ただ)に日本に於ける凡(あら)ゆる新聞の報道論説及び広告のみならず、その他諸般の刊行物にも亦(また)之を適用す。
1、報道は厳に真実に即するを旨とすべし。
2、直接又は間接に公安を害するが如きものは之を掲載すべからず。
3、聯合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加ふべからず。
4、聯合国進駐軍に関し破壊的批評を為し又は軍に対し不信又は憤激を招来するが如き記事は一切之を掲載すべからず。
5、聯合軍軍隊の動向に関し、公式に記事解禁とならざる限り之を掲載し又は論議すべからず。
6、報道記事は事実に即して之を掲載し、何等筆者の意見を加ふべからず。
7、報道記事は宣伝の目的を以て之に色彩を施すべからず。
8、宣伝を強化拡大せんが為に報道記事中の些末的事項を強調すべからず。
9、報道記事は関係事項又は細目の省略に依つて之ヲ歪曲すべからず。
10、新聞の編輯に当り、何等かの宣伝方針を確立し、若しくは発展せしめんが為の目的を以て記事を不当に顕著ならしむべからず。
1945年9月21日
米国太平洋陸軍総司令部民事検閲部
このプレスコードは新聞報道取締方針と同じく連合国の主観でいかようにも日本のメディアをコントロール出来るように条文が仕組まれている。いかに旧体制の破壊され、新体制の構築が受容されていったか、興味深い動きが見て取れるだろう。
新聞と同じようにラジオ、映画、書籍、雑誌も検閲と情報統制の下におかれることになり、メディアの一切は連合国の下に置かれることになった。また、連合国は電波管理委員会の前進となった放送委員会を創設したが、その委員には、京大事件の滝川幸辰、社会党の加藤シズエ、共産党ミヤケンの妻である宮本百合子、大逆事件の荒畑寒村、岩波書店の岩波茂雄といった左派勢力を起用したことも非常に面白い。
このような諸法規、諸命令によってGHQは日本のメディアを支配・統制し、自己の政策に合致した情報を国民に秘匿しながら巧みに流していったのである。
検閲によって発禁処分になった書籍の目録も現在では刊行されている。『パル判決書』や『戦艦大和ノ最期』、『東條英機宣誓供述書』、『アメリカの鏡 日本』などが出版され得なかったのには理由がある。
検閲のシステムは「都合の悪い情報を遮断」することが主となる。同時に精神改革において重用なのは「都合の良い情報を流布し、信じ込ませる」ことである。GHQもこれを重視し、当時の主要メディアを通じて様々な働きかけがなされた。
GHQの内部文書「一般命令第四号」(SCAP 1945年10月2日)の中に
各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること
という記述がある。
各層の日本人に罪悪感を植え付け、「軍国主義者」と「国民」という対立図式を新たに発見させ、連合国側の諸政策を肯定させるように、誘導することを命令しているのである。この構図は東京裁判の起訴状でも踏襲された。
そして、1945年12月8日、新聞各紙で『
太平洋戦争史』という連載企画が開始された。「太平洋戦争」という新しい造語が生み出され、その1週間後にはそれまで使用されていた「大東亜戦争」という呼称が一律に禁止されて検閲対象となったことでも有名であるこの掲載企画は、GHQ民間情報教育局(CI&E)が企画し、参謀第三部(G−3)の校閲を経たものである。戦争における日本軍の残虐性を宣伝し、国民の窮乏と戦争の惨禍は連合国ではなく日本指導者に責任ありとし、国民と「軍国主義者」の対立構造を扶植するという機能を有したこの宣伝は一定の効果を挙げた。
GHQ民間情報教育局(CI&E)は、それまでに行われてきた
修身、国史、地理の授業を中止させ、1946年4月、新聞連載終了後に単行本として刊行された『太平洋戦争史』を国史等授業停止中の教材として使用するよう文部省を通じて通達し、子供の教育装置としてもこれを十分に利用した。もちろん、GHQの教育介入はこれだけではない。
「日本教育制度ニ対スル管理政策」という覚書を作り、
日本教育制度ニ対スル管理政策
学生、教師、教育関係官公吏及ビ一般民衆ハ連合軍占領ノ目的及ビ政策、議会政治ノ理論及実践ニ就テ知ラシメラルベキコト。マタ軍国主義的指導者、ソノ積極的協力者ノ演ジタル役割並ニソノ消極的黙認ニヨリ日本国民ヲ戦争ニ陥レ、不可避的ナル敗北ト困窮ト現在ノ悲惨ナル状態トヲ結果セシメタル者ノ演ジタル役割ヲ知ラシメラルベキコト
と教育内容が改訂され、剣道・柔道・書道など「道」系列の伝統文化授業を禁止し、文字を旧字体から新字体に変更、教育基本法を制定し、教育勅語を失効させしめ、様々に教育制度を「改革」した。
1945年12月9日には『太平洋戦争史』を底本として民間情報教育局はラジオ番組「真相はかうだ」の放送を開始。全10回で1946年2月まで続き、その後も「真相箱」「質問箱」と名称を変えながら1948年1月まで続けられ、「真相箱」は書籍としても流通していった。
昭和23年2月6日、CI&EからG−2に宛てて発せられた内部文書にはこのように書かれている。
1、CIS局長と、CI&E局長、およびその代理者間の最近の会談にもとづき、民間情報教育局は、ここに同局が、日本人の心に国家の罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、開始しかつこれまでに影響を及ぼして来た民間情報活動の概要を提出するものである。文書の末尾には勧告が添付されているが、この勧告は、同局が、『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム』の続行に当り、かつまたこの『プログラム』を、広島・長崎への原爆投下に対する日本人の態度と、東京裁判中に吹聴されている超国家主義的宣伝への、一連の対抗措置を含むものにまで拡大するに当って、採用されるべき基本的な理念、および一般的または特殊な種々の方法について述べている
言論の自由や民主主義を標榜するGHQはその絶対的な権力の下に日本のさまざまな価値の破壊と再構築をなすよう努力を重ねたのである。
実際のところ、メディア政策、教育政策だけでなく、さまざまな政治・経済・社会的統制、改革がなされ、日本人の精神と身体は改革されていった。このような施策が採れたのは日本という国家に対する極めて広範且つ強力な権力をGHQが所持していたからである。
マスメディアや教育のなす精神的効果は甚大であるとして、現在でも様々に議論されているところであるが、このような状況のもと強力効果説も補強効果説もビックリの大検閲、大宣伝が行われたのは
真に興味深いことである。
伊藤博文は明治憲法制定のときに、欧米の宗教のような人心を一にする機軸たるものが日本にないから皇室を機軸にしていく、それで統治していくという面白いことをいった。
戦前期には皇室を機軸とした、新しい宗教、道徳、価値というものが創造され、新しい「近代日本国」が創造(想像)された。統一された民心の利害は国家の利害と親和することになったのである。人民一人ひとりがもつ主体性、利害、価値というものを国家の中に包摂することによって、国家と人民という主体の対立を防ぎ、利害関係を融合させて合理的に国家の利益を増進できるようにした、と私は今のところは考えている。
この場合にも強力な国家権力による国民の意識改造が見えるし、戦時中国家が大抵そうであるように戦時日本も検閲をなしたわけだが、GHQのやったことはこれらと同等かそれ以上の「国生み」政策である。GHQの場合は、自らの安全を確保すると同時に、正当性を確保し、同時に政治的アドバンテージを異国に長く保つために行われたものであった。「戦後レジーム」を構築するという大事業にとってこの宣伝政策は不可欠のものであったろう。
GHQによって作られた「戦後」は新しく作られた体制であり、それを肯定する新しい道徳であり、新しい価値なのである。私はそれそのものを一律に否定する気はないのだが、
「戦後」とは造られた体制そのものであることを改めて指摘しておきたいところである。そして、この体制創造を助力したこのような情報操作、プロパガンダ、マインドコントロールといもいえる宣伝政策は政治過程論やマスコミュニケーション研究などの分野においても純粋に興味深い。
故江藤氏の『閉された言語空間』は戦後史必読の書ではなかろうか。