さて、ちょっと今回の聖火リレーについて書いてみたいと思います。
■聖火リレーの目的
2008年4月、混乱の中、パリで開催された聖火リレーが終わり、北京オリンピック組織委員会副主席の蒋效愚氏は「中国人民が各国人民と共に、平和が持続し共に繁栄する調和した世界建設のために努力したいと考えていること」(新華社)を訴えたいとスピーチした。
パリ聖火リレーに関して運営者側の多くは「オリンピック精神」や「平和」、「人権」を引き合いに聖火を歓迎する旨の発言をしている。ここで述べられているオリンピック精神(オリンピズム)とはオリンピック憲章の次の文言に端的に示されているオリンピックに流れる基本的な精神のことである。
オリンピック憲章(2004年9月1日より有効のもの)
オリンピズムの根本原則
オリンピズムの目標は、スポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることである。その目的は、人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。
このオリンピック憲章にあるように近代オリンピックがスポーツを通じた国際親善、人権保障という目的があることは事実である。しかし、そのオリンピズム精神がオリンピックの全てというわけではない。オリンピックは一大広告の場として商業利用に供され、冷戦期のボイコットや国威発揚など政治利用もされ、理想とは裏腹の変質を遂げていることは事実であろう。聖火リレーに対する妨害も少なからずその影響が滲んでいるのではなかろうか。
今回、問題となった「聖火リレー」とはそもそもはナチスドイツの国威発揚や地形調査の目的から始まったと評されているオリンピック・シンボルのことである。ナチスの動機は必ずしもオリンピズムに根ざしたものではなかったが、現代においても古代オリンピックの開催地ギリシアで採火された「聖火」を届けることによってオリンピック開催に対して伝統と神秘の権威を付与するという目的が前面にあり、これに付加して有名人参加者を含めたパフォーマンスという商業的な目的も多分に含まれている。必ずしも「平和」や「人権」を直接の効果目的として主眼に置いた行事とは言い難い。これは先に述べたようにオリンピック全体にも言えることだ。
しかし、それでもなお上記のオリンピック憲章のように高邁な「人間の尊厳保持」や「平和な社会の推進」の理念がオリンピックの原点として存在している以上、「聖火リレー」をこの観点から見ることも可能である。この点において「聖火リレー」を通じた抗議が単純に「妨害」で片付けられなくなる。
2008年北京オリンピック聖火リレーのテーマは「調和の旅(Journey of Harmony)」 。 そして、「情熱を燃やせ、夢を共有しよう(Light the Passion Share the Dream)」をスローガンにしたリレーであった。しかし、調和や夢の共有は実現せず中国は世界的な非難に晒されている。それに付随して聖火リレーに対する相次ぐ妨害が各地で行われた。原因は、何なのか・・・。「人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会の推進」に反する政策をオリンピック開催国が行っているという認識が広まったからである。
この問題の発端は2008年3月、チベットで発生した反中国暴動にある。中国が長年行ってきたチベット侵略と人権抑圧、宗教弾圧が引き金となって暴動が発生。その対処においても中国は強硬な弾圧策を採り、被害に関する国際調査団の受け入れをも拒否した。中華人民共和国の政策は人間の尊厳を伴っているのか、平和建設に即しているのか、チベットの苦難を見過ごせるのか、というのが聖火リレーを通じた抗議のそもそもの問題提起なのである。
となれば、オリンピズム、人権や平和、の問題に自然と逢着せざるを得ない。歓迎ではなく妨害の理由にもオリンピズムは組み込まれることになる。聖火リレー妨害者を単純に非難できない理由がここにはあるのである。
■聖火リレー抗議の効果
聖火リレーが開始され、イギリス、フランス、アメリカをはじめとする開催各国においてチベット問題に絡み抗議、妨害が頻発した。日本においてもそれは例外ではない。長野でもケガ人、逮捕者が出ている。
これら一連の抗議の効果と目的は一体どこにあるのであろうか。
まず、考えなければならないのは、各国市民は中国に対して無力だということである。自国の政府にチベット弾圧を問題視せよ、と声をかけることは出来る。自国の政策への異議申し立ても出来る。しかし、出来るのはそこまでで中国政府に直接、政策転換を要求し、実現させることは不可能に近い。自国政府が本当に動いてくれるのかも分からない。そのためにも国際的連帯、協調した世論が欲しいわけである。
「オレ達はチベットの弾圧、人権侵害にこんなに怒っているんだぞ」
「みんな、チベットでこんな酷い問題が発生しているんだよ」
「中国よ、政府よ、行動してくれよ」
こういう要求が発生し、「声をあげようぜ」、となるのは自然な展開である。当り前の話だが、聖火を消すこと、そのものには何ら意味がない。「中国政府へ、自国政府へ、国際社会へ、国内世論へ」、この問題に対し問題提起をし、解決を促す、そのための抗議なのである。端的にいえば「メッセージ」こそがこの抗議の目的であり、効果と目的の焦点なのである。
***
また、なぜ、聖火リレーが抗議のターゲットになったのかというのもポイントとしては重要である。以下に考えられる理由を箇条書きにしてみよう。
第一に抗議は容易である。北京オリンピックで抗議するとなれば、自然に中国に訪問しなければならない。時間的、金銭的に見てそれは大きな負担を要するものであり、抗議者が簡単にアクセス出来る場所で抗議をしようと選択するのは当然である。
第二に聖火リレーは世界中のカメラが回るオリンピックの一大イベントであることに拠る。オリンピックそのものへと付与する神秘な権威、そして有名人の参加など広告・宣伝になる商業的・娯楽的要素。それらから聖火リレーへの関心は高く、抗議が世界中に流される可能性が高い。普段の路上でデモを行うより、聖火が運ばれる沿道で旗を掲げ、プラカードをカメラに向け、シュプレッヒコールを挙げた方がプラスになる。
第三に中国政府が五輪開催になみなみならぬ意気込みを見せている点が挙げられるだろう。五輪開催前の重要なイベントである、聖火リレーが躓くことは大きな損失になる。チベット問題への譲歩をひょっとしたら引き出せるかもしれない、そんな思惑が生まれても自然である。
このように、聖火リレー抗議が「メッセージ」としての目的を強く持つことからリレーが異議申し立ての場になるのである。現実、人権や民主主義、平和を尊ぶ諸国の抗議者の格好のアピールポイントになった。
■長野聖火リレー抗議の効果
では、日本で起きた長野聖火リレーの抗議は効果的に行われたのであろうか。
1:チベット問題の国内認知
目的・効果の一つとしてチベット問題の国内認知が挙げられる。国内世論に対して「こんな問題があるんだぞ」、そう訴えかけることは重要な目的だろう。
周知の通り、チベット問題は先月のチベット暴動を機に広く報道されるようになった。それまで日本国内のメディアは殆ど、全く、といっていいほどチベット問題には無関心を貫き通し、一部の論壇誌や評論家の著書で知る以外にはなかった。事実上、問題の議題設定(アジェンダ)から「チベット」は抜け落ちていたことになる。
チベット暴動が発生し、広くマスメディアは問題を報道しだしたが、それに伴い、インターネットコミュニティにおいても論争が過熱した。その結果、東京や名古屋で開催された反チベット弾圧デモの参加抗議者数は予想外の記録となり、問題認識は拡散していったといえる。今回の聖火リレー抗議の下地もここで出来上がった。
今回のリレー抗議は大別して3つの行為形式があるといっていい。一つは沿道に出てチベット旗やウイグル旗を掲げて声を発し、アピールするもの。もう一つは善光寺に集まり、静かな法要をするもの。3つめは長野には行かず自宅のマルチメディアを通して抗議の声をあげるものの三者である。
「自国内世論への問題提起、認知促進」に限るならば、沿道に出たものが最も効果を発揮しただろう。旗を掲げることでマスメディアの目に触れ、問題提起の効果は確実に認められた。あの異常な喧騒は明らかに人の興味関心を引くし、問題提起としては十分な効果を生み出す。
問題内容への是非判断を除外するならば抗議者たちは「問題提起、認知促進」に関しては十分な効果を示すことが出来ていたと見ることが出来る(その快不快は別に置くとして)。
2:中国への問題解決への意志表示
「国内」ではなく、「中国当局」に対して、問題解決を促す意思表示が出来たかどうか、これも効果として見ることが出来る。
今回の抗議内容を見れば、中国を支援するものの声・旗はチベット問題を提起する側のそれを圧倒していた(国内外への認知としてはこれは問題にはならない。チベット旗の存在は報道材料としては都合がいいから)。長野県警による封じ込めもあって、効果は限定的であったと思われる。ただし、ここまでの人間を動員できた、チベット問題に関心があるものがこれだけいる、というメッセージは中国側も認識せざるを得ないところであろう。
3:国外世論への効果
【聖火リレー】長野での中国国旗とチベット旗の数は「ほぼ同数」…チベット支援側もおよそ5000人か?
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1209231513
30 :名無しさん@八周年:2008/04/27(日) 02:46:37 ID:ipobu7t10
「善光寺が発した静かな怒りは、世界の全仏教徒のみならず宗派を超えた
宗教指導者が身を切るほどの警告となった」@CNN(アメリカ)
「ZENKOUJIは一滴の血も流さず、一個の石(投石?)も用いずに最大級の
デモンストレーションを成し遂げた」@NBC(アメリカ)
「日本の対中外交の勝利をもたらしたのは、政治家ではなく若き僧侶だった」@F2
「2000年の時を越えて、遠い東の国にBuddismの精神が変わらず受け継がれている
ことをZenkojiはこれ以上にない方法で示した。我々は、我々と同じ価値観を
共有する日本国民と日本の仏教界に強い尊敬と親しみの念を覚える。」@IDN(インド)
「物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた。拡声器もプラカードも
用いないその静かな抗議の声はしかし、どんな喧騒よりも深く強く世界の人々の心に
届くに違いない。」@BBC(イギリス)
「聖火リレーのボイコットを表明したその日も、Zenkojiは静かだった。その日、
Zenkojiの境内で取材を続ける私は、全身にしみこむ鐘楼の深く低い音に思わず
立ち尽くした。憎しみや悲しみを洗い流すこの聖なる音色が1300年にわたり
受け継がれていることは世界の奇跡である。」@AE通信(オーストラリア)
「聖火リレーは皆で楽しんでやるものだと思うんですけど…残念ですね」@福田康夫(日本)
どうやら、善光寺での追悼が影響を与えているようだ。CNN、BBCをはじめ欧米メディアはこの抗議を報道した。
関連動画:善光寺にて…
4:内容の是非
では、果たして今回のデモがチベット問題に対する世論内容に如何なる効果を与えるだろうか。まだ報道を見ないことには判断は出来ないが、メッセージ効果を著しく毀損する可能性がある問題が多々発生した。
それは危険行為を行った妨害者による直接行動である。国民的スターである萩本氏に対する投げ込み、国民的スポーツ選手である福原選手のリレー時への妨害など数々の問題を引き起こした。これは明らかに悪影響である。チベット旗を掲げる側、しかもそれが撮影されている時点でこのような不始末を犯したことでメッセージ効果に対する悪影響は避けられない。ゴール地点でのチベット支持者の隔離もこれが根拠を与えたのだろう
もし、チベット支持者が人気者に攻撃を加えている場面を一般視聴者がテレビの前で見たらどう思うであろうか。おそらく眉をひそめ溜息を吐くに違いない。
また、「右翼」団体との小競り合いで中国人がケガをしたという報道が流された。これも悪影響である。中国サイドはケガをさせない。逮捕者も出ない。つまりは「暴力行為の被害者」という構図である。暴力を伴う抗議が許されるとは日本の世論は決して思わないであろう。私が中国寄りのプロパガンダを作るなら、この2点は徹底的に責め、リピートを繰り返す。
これに加えて、普段、反中ナショナリズムを声だかに叫ぶものが、チベット支持の前面に出たこともある程度悪影響を及ぼすかもしれない。「チベット解放が目的ではない。中国への抗議が目的なのだ」。私ならこの図式を確実に利用する。メッセージを大きく毀損するマイナス要因が多分にみられた。
また、中国側にも問題はあった。常識的に考えて、日本での聖火リレーの沿道には日の丸と五輪旗が掲載されるのが普通である。オリンピックホスト国の国旗が掲げられても、通常は少数だろう。ところが、報道番組で見るに明らかに異常な数の五星紅旗が翻っていた。あの数は異常性が際立つのに十分であり、中国に対する恐怖にも繋がる。組織的動員も明白であり、中国国内向けは別として中国が有利となる映像ではないだろう。暴力抗議の問題性を打ち消すぐらいの違和感を「私は」感じた。
■県警の対応の不備と中国側の問題行動
報道ではチベット支持派による中国・ランナーの被害が取りざたされているが、中国側の問題行動も頻発していたようだ。それを県警は取り締まってしなかったらしい。以下の動画や証言は衝撃的である。
長野聖火リレー その5
老人に罵声を集団で浴びせかける中国人
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3110699
【聖火リレーで日本人のプラカードを破り捨てる中国人】
http://jp.youtube.com/watch?v=YVKguidIcvk
聖火リレー 長野駅前のモニュメントに登る中国人‐ニコニコ動画(SP1)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3108089
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3108634
【長野県警】チベット旗を積んでたら、基本的人権を剥奪します
http://jp.youtube.com/watch?v=nSfKIZfBq3E
長野聖火リレー 中国人が堂々とハコ乗り&市民が何もしない警察に抗議‐ニコニコ動画(SP1)
http://jp.youtube.com/watch?v=eO7sXv2si2w
【聖火リレー】長野での中国国旗とチベット旗の数は「ほぼ同数」…チベット支援側もおよそ5000人か?
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1209231513
774 :名無しさん@八周年:2008/04/27(日) 07:00:43 ID:cUWh/0dX0
>>768 >>753
俺のこうむった被害
善光寺境内への交差点前で、フリーチベットを唱和してる
集団の真ん中ででかい赤旗を振りかざして
中華賛美して調子こいている、
チャンコロ鬼子の集団に英語で
チャイナレッドアーミー・ゲットアウト・チベット!
チャイナレッドアーミー・ストップ・ジェノサイド・イン・チベット!
チャイナ・ストップ・インベイション・アジア(中国はアジア侵略を止めろ!)
ファッキン・チャイニーズ!
って罵倒したら、いた痛いところ突かれてキレたらしく
肩にパンチされて、
チャンコロ鬼子に追い掛け回された。
----------------------------------------------------------
エムウェ−ブ前で、持参した厚紙に
ゴーストバスターズ風にした「ストップ・チャイナ!」と
書いた風刺プラカードを
かざしていたら、日本人らしいおっさん(おばさん連れ)に話しかけられた
おっさん「それ何かいてあるの?」
俺「侵略してくる中国兵です」と説明した。
おっさんに、紙を奪われた。
リレーが終わっても撮影された映像は残り、世界中に回る。実態の認識は事実を見るうえで重要である。このような行為は大きく問題があり、県警の対応にも不備があるように見える。
mixi
アリ@freetibetさんの日記
世界最低の国、日本
善光寺参拝が終わり、街中へ。
とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。
ここで日本とは思えない景色を目にした。
出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」
は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。
交差点で中国人と僕らが入り乱れた。
突然Mちゃんが顔面を殴られた。
僕は殴った中国人のババアを捕まえて、目の前の警察に言った。
「こいつ殴ったぞ!!」
警察は何もしなかった。
ババアが俺の手を噛んだ。手から血が出た。
警察と目が合った。
警察は何もしなかった。
ババアが僕の顔面を殴ってきた。
周りのチベットーサポーターが、
「おい、警察、現行犯だろ、捕まえろよ!!!!」
と言ったのに、
警察は何もしなかった。
これが抗議活動中じゃなかったら、普通にブチ切れて乱闘になってる。
でも非暴力を貫く為、ひたすら耐えた。
Mちゃんが1日かけて一生懸命書いたプラカードを、
中国人が叩き落とした。
拾おうとするMちゃん。踏みつける中国人。
「おい、てめー何やってんだよ!」と制止に入った。
2mくらいの距離に警察がいたが、何もしなかった。
雨が降ってきた。
それでも誰も抗議を辞めなかった。
中国人がかたまってる交差点を、
Tさんと旗を振りながら渡った。
沿道の中国人は蹴りを入れてくる。
とても沿道に入れず、車道を歩いていた。
警察が来て言った。
「早く沿道に入りなさい!!」
は?今入ったらボコられるじゃん。
なんで日本人の安全を守ってくれないの?
「じゃあ、あいつらに蹴りいれるの辞めさせろよ!!」と僕は叫んだ。
警察は「ご協力お願いします」と言った。
(略)
帰りに携帯でニュースを見た。
「聖火リレーは無事終了。沿道は大歓迎ムード。」
「聖火リレーで日本人5人逮捕。中国人留学生に怪我。」
僕は愕然とした。
この国のマスコミは終わったと感じた。
あの怒号は、
僕らが受けた痛みは、
彼らの悲痛な叫びは、
どこに反映されたのだろう。
警察によって意図的に中国人のみの沿道を作り、
そこをマスコミは撮影し、
中国人の暴力を黙認して、日本人を逮捕する。
これが日本のやることか?
ここは本当に日本なのか?
中国の旗を持たないと歩けない沿道って何なんだ?
この国は最低な国です。
チベット人は泣きながらありがとうと言っていたけれど、
僕は彼らに謝りたかった。
初めて日本人であることを恥じた。
帰り道、僕らは泣いた。
これが真実です。
僕は日本政府は中国以下だと思った。
弾圧にNOを言えずに、言いなりになって彼らの叫びを封殺したこの国は、もう民主主義国家ではない。
4/26日長野。
そこには言論の自由はなかった。
歩行の自由すらなかった。
中国人を除いて。
上記の記述や動画が事実だとしたら恐ろしいことである。国民の生命財産身体に対する危険が明白で具体的な場合、目の前に警察官がいたとしたら、これを制止し、傷害が発生したならば現行犯で逮捕すべきである。侵害の発生、あるいは発生しようとしているとき、これを防止するのが警察の存在理由に他ならない。いやしくも血を流しているものの目の前にいながら何もしない、という不作為は許されない。事実ならば警察の信用はがた落ちであろう。職務の放棄であり、理念からの逸脱に他ならないからだ。この不作為は問題である。。
参考法令
警察法
(警察の責務)
第2条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
警職法
(犯罪の予防及び制止)第5条 警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。
犯罪捜査規範
(捜査の基本)
第二条 捜査は、事案の真相を明らかにして事件を解決するとの強固な信念をもつて迅速適確に行わなければならない。
2 捜査を行うに当つては、個人の基本的人権を尊重し、かつ、公正誠実に捜査の権限を行使しなければならない。
地方公務員法
(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)第32条 職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。
(信用失墜行為の禁止)第33条 職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。
参考判例:新島砲弾事件
生命、身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもつて予測されうる状況のもとにおいて、かかる状況を警察官が容易に知りうる場合には、警察官において右権限を適切に行使し、自ら又はこれを処分する権限・能力を有する機関に要請するなどして積極的に砲弾類を回収するなどの措置を講じ、もつて砲弾類の爆発による人身事故等の発生を未然に防止することは、その職務上の義務でもあると解するのが相当である
(略)
単に島民等に対して砲弾類の危険性についての警告や砲弾類を発見した場合における届出の催告等の措置をとるだけでは足りず、更に進んで自ら又は他の機関に依頼して砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講ずべき職務上の義務があつたものと解するのが相当であつて、前記警察官が、かかる措置をとらなかつたことは、その職務上の義務に違背し、違法であるといわなければならない
参考判例:「神奈川セクハラ(市役所係長)事件」、「筑豊じん肺訴訟」など様々
地方公共団体の公務員による裁量性を有する権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的やその権限の性質等に照らし、具体的な事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解される。
■長野県警のチベットサイド隔離
ゴール地点付近では五星紅旗を持った中国人を規制緩やかに配置する反面、チベット支持者らは聖火が見えない場所に誘導され200人近くが隔離扱いを受けた。事実上、その場所から離れて表現することは困難であり、状況は強制されたものと見ていい。
現段階で得られている情報としては、「集会には申請が必要」という理由と「治安維持」という目的がいわれている。
前者は中国側に申請許可を与えたのか、申請が必要な集会に当たるのか、と疑問の残る話だが、後者に限ってみるとそうでもない。
市民会館での政治集会を危険性があるという形で拒絶したことの是非を争った判例では「会館不使用を拒絶する危険性とは明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であって、蓋然性では足りない」としており、「路上等においてグループ間で暴力の行使を伴う衝突が起こるなどの事態が生じ、その結果、右会館の職員、通行人、付近住民等の生命、身体又は財産が侵害される事態を生ずることが客観的事実によって具体的に明らかに予見され」る場合は規制が可能としている。
ここから考えると、確かに、今回は道路上での政治アピールということで、場合は異なるかもしれないが、抗議者によるランナーへの危険行為が現実に発生し、妨害者が多数出、また小競り合いが発生して怪我人が出る中、ゴール付近に、問題を発生させた側(チベット支援者サイド)を離れさせ、危険発生を予防するのは、認められると解されても仕方がない。
しかし、中国側の政治アピールを認め、反対サイドの表現を奪い去ることは穏当を欠くかなり強い措置であり、根拠や合法性、詳細説明を希望しても差し障りはないだろう。また、スタート地点でもチベット旗をもったものを排除したという話があるが、こっちは時間的にも単なる「危険の蓋然性」しかなく問題になるのではないだろうか。
■動員の構成
今回興味深いのが中国サイド、チベットサイドの動員者の構成である。
ZAKZAK
長野一触即発“ネット右翼集結”あす緊迫の聖火リレー 中国人と衝突すれば本土で反日暴動も
http://www.zakzak.co.jp/top/2008_04/t2008042501_all.html
≪抗日精神で聖火と中国人の尊厳を守ろう≫。中国語サイトに書き込まれた26日に長野入りする中国人らへのエールだ。「全日本中国留学生学友会」は≪中華民族の空前の結集力を示そう≫とネットで呼び掛け、2000人を動員する。
「会の幹部に大使館から『できるだけ多く動員するように』と口頭で通達があったと聞く。水とペンを持参するよう指示されたともいい、衝突があれば、水をかけたりペンで突いたりするためではないか」と中国人教育関係者は話す。「学生はビザが下りなくなるので手出しするなと注意する一方、永住者は別といい、妨害者がいれば実力行使も辞さないと血気盛んだ」
中国人作家の石平氏は「リレーは大中華思想をアピールする場になり、欧米や豪州でも大動員がかけられた。日本で行われるリレーに対し、日本人は言うべきことは正々堂々言うべき」としながら「もみ合いで手を出せば、反日の口実にもなる」と危惧する。
毎日新聞
チベット問題:中国人留学生に抗議デモ指南書
http://mainichi.jp/select/world/news/20080421k0000m030101000c.html
【ベルリン支局】「賛同者は歓迎し、意図しない人が入ってきたらすぐ警察に通報せよ」「ナチスを想起させる行為はするな」−−。チベット問題での欧米諸国の対応に抗議し、ベルリンで19日行われたデモ行進は、参加した中国人留学生らに統一行動を指示する「指南書」が配られるなど組織化されていたことが分かった。
26日に聖火リレーが行われる長野市にも数千人規模の中国人留学生が動員される予定で、同様の指示が発せられるとみられる。
中国旗が多く、チベット旗が少ないことは国内外への認知効果そのものには余り問題は発生しない。放送メディアは視聴者と放送法を考えて意識的にチベット旗を撮影し、報道するだろう(どういう編集を受けるかは別)。ただ、その数の意味は面白みがある。
大使館が関わっているかは保留として、中国サイドの応援は組織的動員があったことは当然に予想される。あれだけの人数、あれだけの道具を用意するのは並大抵ではない。また、「中国人留学生や在日中国人」というのは民族・立場においてかなり同質性と準拠集団意識が高いと見ることが出来る。これを組織化するのはそう難しいことではないだろう。
反面で、チベット側はどうだったのか。確かにNPOなどの集団は組織化されている。しかし、大多数はインターネットを通じて関心を高めた一般市民ではなかっただろうか(ここの実証データ募集)。とするならば、かなり異質な参加者の集まりである。準拠集団も関わらない。現に逮捕されたもののなかにはチベット系台湾人がいたし、抗議者の中には外国人やチベット人もいた。このような異質で集団意識が希薄な人々を組織化することは容易ではない。突然の暴徒が発生しても、「組織」がない以上は組織に責任を転嫁することは出来ない。極右団体より突然出てくる暴徒の方が予想がつかず危険である。警察関係者がどの程度チベット支持者が集まるか予想できないとしたのもこの理由による。
インターネットを通じた政治運動への動員は確かにかつても存在した。例えば人権擁護法案や杉並区の教科書採択問題である。チベット弾圧にしてもインターネットを通じた「素人」の集まりで運動が困惑したという報道も存在した。
動員数で見れば、中国側が勝っているが、チベット側の数も悲観するほどではない。むしろ、旗の数や人数、天候や地域を見れば多いとすら言えるくらいだ。インターネットを通じた情報の共有と議論は総表現化社会の到来として希望をもってみることが出来る。しかし、このように組織化できない集団の発生と動員は組織的集団に比べ弱い部分も多々ある(強い部分もある。政治的無関心層が目覚めるなど)。管理や秩序の問題は弱い点だ。
今回の事例は双方向メディアによるコミュニケーションと政治意識の問題を捉える上で面白い事例となる。
■私見
妨害者が出たことは残念だったし、ケガ人が出たことは残念なことだ。リレーが平穏に、長野市民が愉しんで行われるものになれば全く言うことなしだったろう。
そこを侵してまで行われた抗議はよかれ悪しかれメッセージを世界に発信した。特に善光寺の法要映像には心が揺さぶられた。日本政府が集会の自由を尊重し、抗議そのものを始めから封じ込めなかったことも立派なことだと思う。
リレー関係者、警察関係者、支援者、抗議者、報道関係者、沿道の市民の皆様方に「お疲れ様」を。
2008/04/27 8:15 追記
内容は中国人に暴行を受けた、その目の前に警官がいたのに逮捕しなかった、
「現行犯だろ」と叫んでも逮捕しなかった。
そういう記事です。
森達也の『A』を彷彿とさせます。
県警は権力であり、国民に信託されて暴力を震えます。
警察がこのようなザマを繰り返していて良いのでしょうか?
私は五輪リレー、中国への不信と警察への不信を募らせました。
その記事、かなり話題になっているようですね。
警察不信に拍車を掛け兼ねないかなり衝撃的な内容です。
混乱状況のなか適切に対応するには大変かもしれませんが、
目の前の犯罪を見過ごす、片方に肩入れするとなれば逸脱ですね。

